「Snow Queen 16」
ゲルダはあついなみだをながしました。
そのなみだがカイのむねにおちて、しんぞうにまでしみていきました。
そしてこおりのかたまりをとかし、そのなかにあったちいさなかがみのかけらをくいつくしてしまいました。
見渡す景色に何処か春の気配が混ざるようで、意識は自然と軽やかに浮き上がる。
もうすぐ桜の季節なのだろうと、遠くを見渡しながら豊は思いを馳せていた。
去年、交歓留学で月詠学院を訪れてから、今日に至るまで。
随分色々な事があった。
辛い事、苦しい事、思い出は優しいばかりじゃない。
「でも」
背負った袋を担ぎなおして、口元にはそっと笑みが浮かんでいた。
「出会えて、良かった」
彼らに。
そして、彼に。
ようやく手を取り合ったあの日から、自分と薙は、ようやく同じ時間を歩き始めたように思う。
それでも無情に日々は過ぎ去って、自身には―――この郷をいずれ照らすはずだった希望を殺めた咎が課せられた。
神子のお役目をそう呼ぶ事は適切では無いのだろう。
けれど、結局は同じ事だ。戦い続ける事、短命である事は、今の自分にはまだ立派な枷になる。
榊原も―――多分同じように感じているに違いない。
僕らは誰も逃れられない転生という名の枷で縛られている。
けれど、宿命や、運命などという言葉で、生きる道をくくってしまいたくなかった。
それに、俺の傍にはいつでも薙がいてくれたから。
手をつなぎあった日あのから、多くの事を分かち合った。
戦いも、その合間の儚い安らぎも、いや、もっとずっと前から一緒にいたんだ。俺は決して忘れない。
あの金色の眼差しの思い出だけで十分だ。
豊は郷に背を向ける。
「それじゃあ」
また、いつか。
歩き出す足元は軽い。春が近いせいだろう。
頬を掠る西風は旅立ちを祝ってくれているようだった。
何も言わずにいなくなる俺を、皆どうか許して欲しい。
せめて薙だけには―――想いがちゃんと伝わってくれると、いいのだけど。
「身勝手かな」
小さな呟きに重なるようにして、声が響いた。
「確かに、身勝手だ」
驚いて振り返る。
視線の先に。
「君」
知っている姿。
銀の髪、金の瞳、けれどその人はもう氷の気配など纏ってはいない。
胸から鏡の欠片が消えたカイ。
ゲルダは大きく瞳を見開いて、そして―――
「僕の事を言えないぞ」
微笑みは暖かくて、やはり春の気配がしていた。
聞こえてくる響きは、何者にも代えがたい大切なもののように思えた。
「豊」
確かに彼の声だ。
同じ様に荷物を背負って、差し出された掌に、豊は僅かに瞳を細めて―――そして、ためらいがちに、それでも心から幸福そうに、そっと微笑んでいた。
「行こう」
―――この人となら、ずっと一緒に歩いていける。
踏み出す足元が確信に変わっていく。
まだ迷い続けていた心が、遅咲きの決意を伴って、同じくらい輝く日差しの中を駆け出した。
「薙!」
果てしなく澄み渡った青が、遥か彼方まで二人の頭上を染め上げていた。
Snow Queen Fin